理屈ではなく、心が「動く」。そんな経験はありますか?
易経の三十一番目、下経の第一歩を飾る**「沢山咸(たくざんかん)」は、感動と共鳴の卦です。山(どっしりした男)の上に沢(潤いのある女)があり、互いに引き寄せ合う。これは男女の愛だけでなく、上司と部下、あるいは人とアイデアが「感応」するすべての瞬間に通じます。この記事では、卦辞の漢字を漢和辞典の語義序列から深掘りし、「十翼(じゅうよく)」**が教える「心を通わせる極意」を解説します。
徹底解読:卦辞「咸、亨。利貞。取女吉」
漢和辞典の語義序列を精査し、「咸」という字が持つ「全(まった)き」と「震え」を読み解きます。
- 【咸】(カン・みな・ことごとく)
- みな: すべて、ことごとく。
- 感ずる: 心が動く(「感」の原字)。
- あまねし: 隅々まで行き渡る。
- 根拠: ここでは**1と2を合わせた「全身全霊で感応する」**という意味を採択します。「口」と「斧(戌)」から成る字源は、全員が声を揃えて叫ぶような、理屈を超えた一体感を表しています。
- 【亨】(コウ・とおる)
- 根拠: 心が通じ合えば、物事はスムーズに進みます。
- 【利貞】(リテイ・ただしきによろし)
- 根拠: 感動は激しいものですが、それが「正しい動機」に基づいていなければ、ただの惑わし(誘惑)になってしまいます。
- 【取女】(シュジョ・めをめとる)
- 根拠: 結婚。対等なパートナーシップを組むこと。
【総合解釈】
咸(かん)の時は、心が通じ合い道が開ける(亨)。ただし、その結びつきは誠実で正しくなければならない(利貞)。自分から謙虚に働きかけ、相手を受け入れる姿勢(取女)が、素晴らしい結果(吉)をもたらす。
十翼が説く「天地感応して万物生ず」道理
十翼の**『彖伝(たんでん)』は、この卦を壮大な生命論として解説します。 「二気、感じ応じて、もって相与(あいとも)に止まる。天地感じて万物化生(かしょう)し、聖人、人の心を感じて天下平和なり」 天と地が感応するから命が生まれ、リーダーが民衆の心に共感するから世界は平和になる。さらに、「その感ずるところを観れば、天地万物の情(こころ)を見ることが出来る」**と説いています。宇宙のあらゆる創造は「感動」から始まっているのです。
また、**『序卦伝(じょけでん)』**では「天地ありて後に万物あり、男女ありて後に夫婦あり」と説き、上経の「宇宙論」から下経の「人間社会論」への橋渡しをこの卦が担っていることを示しています。
共鳴が深まる6段階:つま先から舌先まで
沢山咸における「感応のプロセス」を、身体の部位になぞらえて見ていきましょう。十翼の**『象伝(しょうでん)』**がその心理状態を補足します。
| 段階 | 易経の言葉(爻辞) | 十翼(象伝)による指針 | 現代的解釈 |
| 第一 | その拇(おやゆび)に咸(かん)ず | 「志、外に在るなり」:足の親指がピクリと動く。 | 予感: まだ微かな予感。外の世界へ関心が向き始めたばかり。 |
| 第二 | その腓(ふくらはぎ)に咸ず。凶。居れば吉 | 「不順なれば、害あるなり」:ふくらはぎが震える。 | 焦り: 早く動きたくて堪らないが、まだ早い。自分を抑えるべき。 |
| 第三 | その股(もも)に咸ず。その随(ずい)に執(とら)わる | 「また下におればなり」:太ももが動き、相手に追随する。 | 受動的: 自分の主見がなく、相手の顔色ばかり見て動いてしまう。 |
| 第四 | 貞なれば吉、悔い亡(な)し。憧憧(しょうしょう)として往来すれば… | 「未だ光大ならざるなり」:心が落ち着かず、仲間だけと感応する。 | 私心: 誠実なら吉だが、下心や打算があると、狭い世界で終わる。 |
| 第五 | その脢(せなか)に咸ず。悔いなし | 「志、末なるなり」:背中の肉(感覚の鈍い所)で感じる。 | 不動: 感情に流されず、どっしり構えている。波乱はないが、感動も薄い。 |
| 第六 | その輔(ほ)頰(きょう)舌(ぜつ)に咸ず | 「口を騰(あ)ぐるなり」:頬や舌が動く。 | 表面: 言葉だけが達者で、心が伴っていない。口先だけの感動。 |
十翼が説く「虚(むな)しくして人を受け入れる」教え
沢山咸の**『象伝(しょうでん)』**には、良好な人間関係を築くための「心の器」の作り方が記されています。
山の上に沢あるは、咸なり。君子もって虚(むな)しくして人を受く。
高い山の頂にある湖(沢)が、空の色や風の音をそのまま映し出すのが咸の形です。
君子(リーダー)はこれを見て、「虚しくして(虚受)」、つまり「自分の先入観やプライドを空っぽにして」、「人を受く」、つまり「相手の言葉や感情をそのまま受け入れる」べきだと説いています。
自分のコップが一杯であれば、新しい水(他者の意見や感動)は入りません。心を「虚(から)」にすること。それが、最高の引き寄せの法則です。
沢山咸の教えを今すぐ活かすべき人
- チームビルディングや新しいパートナーシップを成功させたい方
- 「何を考えているか分からない」と言われ、共感力を高めたい方
- 素晴らしいアイデアやチャンスを、自分の元へ引き寄せたい方
沢山咸は、世界を変えるのは「力」ではなく「感動」であることを教えてくれます。
もしあなたが今、誰かと通じ合いたいと願うなら、第四爻のように**「憧憧(そわそわ)」**するのを止め、五爻のように背筋を伸ばし、そして象伝が説くように「心を空っぽ」にしてください。あなたが「無心」で相手を受け入れたとき、言葉を超えた深い感応が起こり、停滞していた物事が嘘のように動き出すはずです。
十翼の**『彖伝』**はこう締めくくっています。
「感応して、もって相与に止まる」
深く響き合い、共に歩む。そこから新しい歴史が始まります。
次回の予告:
次は、感応した関係を「永遠」のものにする**「雷風恒(らいふうこう)」**について解説します。マンネリを打破し、志を継続させるための「恒常性」の智慧を学びましょう。
それでは。


