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第九回:第六章の漢詩全釈|画を超え、音を超えた「ムード」の正体

夏目漱石『草枕』第六章の漢詩を徹底解説。最初の6句がなぜ「画になる」のか、そこから「画にできない情」を求めていかに推敲されたのか、漱石の創作心理を読み解きます。
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草枕第8回|青磁と壺中の天、董其昌に学ぶ真の南画論

漱石が第6章で到達した非人情の極致を解説。冒頭、青磁の美から「壺中の天」へ入り、董其昌の『画禅室随筆』が説く気韻生動を体現しようとする主人公。レッシングの詩画分離論を乗り越え、自己が春の精気と同化する境地を漢籍出典とともに読み解きます。
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夏目漱石『草枕』第7回(おまけ)|黄檗の系譜と「高泉」への傾倒:書から読み解く文人の美意識

『草枕』第7回補足。欄間の額に記された「黄檗宗」の書風から、漱石の深い文人趣味を分析。隠元・木庵・即非の「黄檗三筆」それぞれの個性を踏まえた上で、なぜ「高泉」が至高なのか。大徹という落款に隠された宿の主人の知的な「遊び」を読み解きます。
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夏目漱石『草枕』第7回|第三章:那古井の宿の怪異と「雅俗混淆」の夢

『草枕』解説、舞台は那古井の宿へ。小女の無機質な案内、若冲の鶴、そして月下に響く「長良の乙女」の歌声。現実と夢、雅と俗が入り乱れる宿の夜を原文から詳説します。日本的な情緒が漂う夜から、次なる漢文学的深淵への予兆を読み解く連載第7回。
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夏目漱石『草枕』第6回|オフェリヤと長良の乙女:茶店で交錯する悲劇の幻影

『草枕』連載第6回。茶店の老婆が語る「那古井の嬢様(那美)」の不運な身の上。ミレーの名画『オフェリヤ』と万葉の悲恋伝説『長良の乙女』が主人公の脳内で重なり合う時、芸術的理想「非人情」は現実の俗界とどう衝突するのか。原文からその深意を紐解きます。
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夏目漱石『草枕』第5回|第二章:茶店の婆さんと「高砂」の活人画

『草枕』解説、待望の第二章へ。山中の茶店で漱石が出会ったのは、能の名作『高砂』を彷彿とさせる不思議な老婆でした。長沢蘆雪の「山姥」との対比や、芭蕉・惟然の俳諧精神まで、日常の中に潜む「非人情」な美しさを原文と出典から詳しく紐解きます。
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夏目漱石『草枕』第4回|「非人情」の敗北?雨中で揺らぐ理想と現実の格闘

夏目漱石『草枕』連載第4回。頭で組み立てた「非人情」の理想が、雨という生理的な不快感によって揺さぶられる名シーンを解説。雲煙飛動や落花啼鳥といった漢語レトリックを駆使しながらも、結局「一豎子」に立ち戻る漱石のユーモアと人間賛歌に迫ります。
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夏目漱石『草枕』第3回|芭蕉と山水画に学ぶ「雅俗」逆転の処世術

夏目漱石『草枕』を漢文学から読み解く連載第3回。聖人君子も筍を売るというリアリズムから、人間を風景の一部(点景)として捉える「脱・人間中心主義」まで。松尾芭蕉の俳諧精神をヒントに、日常の「俗」を「雅」へと変える漱石流の知恵を詳説します。
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世俗を忘れる「悠然」とした境地|陶淵明の衝撃

夏目漱石が『草枕』で説いた「非人情」の正体とは?西洋詩(シェリー)の執着と、東洋詩(王維・陶淵明)の「世俗の忘却」を対比。現代社会の疲れを癒やす「別乾坤」の境地と、中国古典の原文・対訳を交えて詳しく解説する連載第2回です。
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「漱石」は負け惜しみの代名詞?ペンネームに込められたユーモア

夏目漱石という名は、中国古典の言い間違いから生まれた?少年時代に漢学塾「二松學舍」で築いた知の土台と、死の淵で彼を救った漢詩の創作。英文学者でありながら、なぜ彼は生涯「漢文」を魂の拠り所としたのか。その知られざる文人としての一面を詳説します。