「この人とは、どうしても話が合わない」。そう感じて、孤独や苛立ちを抱えていませんか?
易経の三十八番目にあたる**「火沢睽(かたくけい)」は、背き合いと違和感の卦です。上には昇る「火」、下には潤う「沢」。性質が正反対で、視線も目的もバラバラな状態を表しています。しかし、易経は「合わないこと」を必ずしも「悪」とは言いません。この記事では、卦辞の漢字を漢和辞典の語義序列から深掘りし、「十翼(じゅうよく)」**が教える「違いを力に変える方法」について解説します。
徹底解読:卦辞「睽、小事吉」
漢和辞典の語義序列を精査し、「睽」という字に込められた「視線のズレ」を読み解きます。
- 【睽】(ケイ・そむく・みつめる)
- そむく: 背き合う、離れる。
- みつめる: 目を離さず見る(斜めに見る)。
- へだたる: 距離がある。
- 根拠: 字源的には「目」と「癸(手足を広げた形=四方に分かれる)」から成ります。ここでは**1と2を合わせた「互いに異なる方向を見ているが、無視できない存在として意識し合っている」**という意味を採択します。
- 【小事吉】(ショウジキツ・しょうじはきち)
- 根拠: 大きな共同作業は無理ですが、個別の小さな目的や、日常的な最低限の礼儀を守る程度のことなら、うまくいく(吉)時期です。
【総合解釈】
睽(けい)の時は、意見が対立し、心が一つにならない。無理に大きな理想を掲げて一つにまとめようとすれば失敗する。今は、お互いの違いを認めた上で、身近な小さな事(小事)から着実にこなしていくのが賢明である。
十翼が説く「同じからずして同じ」道理
十翼の**『彖伝(たんでん)』は、この「背き合い」の中に、生命の神秘を見出します。 「天地、睽(そむ)き居(お)りて、その事同じ。男女、睽き居りて、その志通ず。万物、睽き居りて、その事類(るい)なり」 天は上に、地は下にある。男女は性別が異なる。万物は形がバラバラ。しかし、「違うからこそ、新しいものが生まれる」**と説いています。もし全てが同じなら、この世に変化も創造もありません。違いがあるからこそ、お互いを補い合う「和合」の可能性が生まれるのです。
また、**『序卦伝(じょけでん)』**では「家道窮まれば、必ず睽(そむ)く。ゆえにこれを受くるに睽をもってす」とあります。家(内側)の秩序が固まりすぎて風通しが悪くなると、反発して飛び出す者が現れるという自然な心理的反動を示しています。
疑心暗鬼を抜ける6段階:孤独な旅人と不思議な出会い
火沢睽における「対立から和解へのプロセス」を、ドラマチックな爻辞(こうじ)と十翼の**『象伝(しょうでん)』**から見ていきましょう。
| 段階 | 易経の言葉(爻辞) | 十翼(象伝)による指針 | 現代的解釈 |
| 第一 | 悔い亡(な)し。馬を亡(うしな)う。追うなかれ、自ら復(かえ)らん | 「悪人を避けるなり」:馬が逃げても追わなくていい。勝手に戻る。 | 放念: 離れていく人を無理に追わない。縁があればいずれまた繋がる。 |
| 第二 | 主(ぬし)に巷(ちまた)にて遇(あ)う | 「道、未だ失わざるなり」:偶然、路地裏で理解者に会う。 | 偶然: 正面衝突を避け、さりげない場所で対話すれば、協力が得られる。 |
| 第三 | 車を曳(ひ)かれ、その牛を掣(せい)せらる。その人、天(あめ)し、且(か)つ鼻(はな)きる | 「剛(ごう)に遇(あ)うなり」:鼻を切られるほどのひどい仕打ちを受ける。 | 受難: 誤解され、徹底的に邪魔をされる。しかし最後には必ず道が開ける。 |
| 第四 | 睽(そむ)き孤(こ)なり。元夫(げんぷ)に遇(あ)う | 「志、行なわれるなり」:孤独の中で、魂の友に出会う。 | 再会: 孤立無援の時、真の理解者が現れる。共に歩めば状況は一変する。 |
| 第五 | 悔い亡(な)し。厥(そ)の宗(そう)、膚(はだえ)を噬(か)む | 「往(ゆ)けば慶(よろこび)あるなり」:身内が心を開き、強く結ばれる。 | 和解: 頑固だった相手が歩み寄ってくる。壁を突き破り、深く理解し合える。 |
| 第六 | 睽(そむ)きて孤(こ)なり。豕(いのしし)を観(み)る。一車(いっしゃ)の鬼。弓を張る… | 「疑(うたがい)、亡(な)くなるなり」:相手が怪物に見えて弓を引く。 | 解消: 疑心暗鬼が頂点に達するが、雨が降るように誤解が解け、大団円へ。 |
十翼が説く「同じきを同(あつ)めて、異(こと)なるを異(わか)つ」教え
火沢睽の**『象伝(しょうでん)』**には、対立する組織や社会を運営するための「知的な視点」が記されています。
火の上にあり、沢の下にあり、睽なり。君子もって同じきを同(あつ)めて、異(こと)なるを異(わか)つ。
火は上へ、水は下へ。この決定的な違いを認めるのが睽の形です。
君子(リーダー)はこれを見て、「同じきを同(あつ)めて、異なるを異(わか)つ」、つまり「共通点はどこか(同)を探して協力しつつ、同時に、お互いの個性や立場が違うこと(異)を明確にし、尊重する」べきだと説いています。
「みんな同じになろう」と強制するのではなく、「ここは同じ、ここは違う」と境界線を引くこと。その「情報の整理」こそが、不毛な争いを避ける唯一の道です。
火沢睽の教えを今すぐ活かすべき人
- 職場で価値観の合わないメンバーと協力しなければならないリーダー
- 家族やパートナーとの「ボタンの掛け違い」に悩んでいる方
- 自分が周囲から浮いていると感じ、孤独感を抱いている方
火沢睽は、相手が怪物(鬼)に見えるのは、あなたの「疑いの心」が投影されているだけかもしれないことを教えてくれます。
もしあなたが今、誰かと背き合っているなら、第六爻のように**「弓を引く」**のを一度止めてみてください。象伝が教えるように、まずは「ここは合意できる」という小さな共通点だけを確認し、あとは「違うこと」を許容する。その余裕が、路地裏での出会い(第二爻)や、最後の大雨(和解)を引き寄せ、バラバラだった世界を新しい次元で統合させていくはずです。
十翼の**『彖伝』**はこう締めくくっています。
「睽の時用(じよう)、大いなるかな」
違いがあるからこそ、この世界は美しく、面白いのです。
次回の予告:
次は、目の前に険しい山が立ちふさがり、足が止まる困難の卦**「水山蹇(すいざんけん)」**について解説します。進めない時にどう動くべきか、「止まる」勇気の智慧を学びましょう。
それでは。


