「何かを得たいなら、まず何かを捨てなさい」。成功法則の本によく書かれているこの言葉、実は易経が数千年前に結論づけていた知恵です。
易経の四十一番目にあたる**「山澤損(さんたくそん)」は、一見すると不吉な「損失」の卦に見えます。しかし、中身は驚くほど前向きです。下にある「沢」の土を削って、上の「山」を高くする。これは、目先の利益を削ってでも、大きな志や公の利益に尽くす姿を表しています。この記事では、卦辞の漢字を漢和辞典の語義序列から深掘りし、「十翼(じゅうよく)」**が教える「賢い損の仕方」について解説します。
徹底解読:卦辞「損、有孚。元吉、无咎。可貞。利有攸往。曷之用。二簋可用享」
漢和辞典の語義序列を精査し、「損」という字に込められた「器への作用」を読み解きます。
- 【損】(ソン・へらす・そこなう)
- へらす: 数量を少なくする。
- そこなう: 傷つける、壊す。
- おとる: 価値が下がる。
- 根拠: 字源的には「手」と「員(器)」から成ります。器の中身を調整する様子、すなわち**「過剰なものを削ぎ落とし、本質を際立たせる」**という意味を採択します。
- 【有孚】(まことあり)
- 根拠: 損をするとき、そこに「誠実な目的」があるかどうかが成否を分けます。
- 【二簋可用享】(にきもってきょうすべし)
- 根拠: 「簋(き)」は供え物の器。豪華な料理(八皿)がなくても、真真心があれば質素な二皿(二簋)で神に通じる。つまり、形式より誠実さが大切だということです。
【総合解釈】
損(そん)の時は、誠実さ(有孚)があれば、最初は損失に見えても最後は大吉(元吉)となる。正しさを貫き、目的を持って進むのがよい。贅沢ができなくても、心さえこもっていれば最小限のコスト(二簋)で最高の結果が得られる。
十翼が説く「下を損して上を益す」道理
十翼の**『彖伝(たんでん)』は、この損のプロセスを自然界の循環として肯定します。 「損は、下を損して上を益す。その道、上(のぼ)り行くなり」 一般的には上が下を助けるのが理想ですが、時には「下が自分を律して上に尽くす(例えば、社員が身を削って会社を立て直す、個人が公のために動く)」ことが、組織全体を一段高いステージへと押し上げます。 さらに、「損益、盈虚(えいきょ)、時とともに行なうなり」**と説き、減らすべき時に減らし、増やすべき時に増やすという「タイミングの判断」こそが宇宙の法則であると教えています。
また、**『序卦伝(じょけでん)』**では「解(解決)すれば必ず失うところあり。ゆえにこれを受くるに損をもってす」とあります。問題が解決してリラックスすると、どうしても無駄な贅肉や緩みが出てくる。それを削ぎ落とすのが「損」の役割なのです。
損して得取る6段階:スピード感と分相応
山澤損における「正しい減らし方」を、爻辞(こうじ)と十翼の**『象伝(しょうでん)』**から見ていきましょう。
| 段階 | 易経の言葉(爻辞) | 十翼(象伝)による指針 | 現代的解釈 |
| 第一 | 事(こと)を已(や)めて速やかに往(ゆ)く。損ずるを酌(く)む | 「志を合わせるなり」:自分の仕事を切り上げて助けに行く。 | 迅速: 相手が困っているなら、自分の都合を二の次にして即座に動く。 |
| 第二 | 利貞。征(ゆ)けば凶。損せずしてこれを益す | 「中(ちゅう)を以て志とするなり」:自分を損なわずに相手を助ける。 | 自尊: 卑屈になって自分を削りすぎるな。自分の正しさを保つことが相手の益になる。 |
| 第三 | 三人行けば、則(すなわ)ち一人を損ず。一人行けば、則ちその友を得る | 「三なれば疑いあり」:三人は迷うが、一人は最高の友に会える。 | 集中: 選択と集中。人間関係もプロジェクトも、数を絞ることで深い絆が生まれる。 |
| 第四 | その疾(やまい)を損ず。速やかにすれば喜びあり | 「喜びあるなり」:自分の欠点(病)を素早く直す。 | 改善: 悪い習慣や弱点を潔く捨てる。スピード解決が幸運を呼ぶ。 |
| 第五 | これを益する者あり。十朋(じっぽう)の亀も克(あた)わず | 「上(かみ)より助くるなり」:思いがけない大きな助けが来る。 | 報恩: 徳を積んできた結果、占う必要がないほどの絶対的な支援を受ける。 |
| 第六 | 損せずしてこれを益す。咎なし。貞吉 | 「大いに志を得るなり」:自分も相手も損をせず、全員が潤う。 | 循環: 損の修行を終え、自然に周囲を豊かにできる境地。Win-Winの完成。 |
十翼が説く「憤(いきどお)りを懲(こ)らし、欲を塞(ふさ)ぐ」教え
山澤損の**『象伝(しょうでん)』**には、自分自身を「損(アップデート)」するための具体的な方法が記されています。
山の下に沢あるは、損なり。君子もって憤(いきどお)りを懲(こ)らし、欲を塞(ふさ)ぐ。
山の下にある沢が、自分を削って山を高く支えているのが損の形です。
君子(リーダー)はこれを見て、「憤りを懲らし(懲忿)」、つまり「激しい怒りや感情の暴走を抑え」、さらに**「欲を塞ぐ(窒欲)」**、つまり「過剰な物欲や独占欲をコントロールする」べきだと説いています。
感情のムダを削り、欲望のムダを削る。この内面の「コストカット」こそが、あなたという人間の器を最も大きくするのです。
山澤損の教えを今すぐ活かすべき人
- 事業のリストラや、家計のスリム化を迫られている方
- 物が増えすぎて「断捨離」が必要だと感じているミニマリスト志望の方
- 誰かのために尽くしているのに、自分だけが損をしていると感じて疲れている方
山澤損は、目先のマイナスは「大きなプラス」を受け取るための「器空け」であることを教えてくれます。
もしあなたが今、何かを失う恐怖に震えているなら、五爻の**「十朋の亀(莫大な支援)」**を信じてください。象伝が教える「懲忿窒欲(怒りと欲を抑える)」を実践し、身軽になること。あなたが三爻のように「三人の関係を一人に絞る(選択と集中)」決断をしたとき、空いたスペースには、これまでとは比較にならないほど価値のある「真の益」が流れ込んでくるはずです。
十翼の**『彖伝』**はこう締めくくっています。
「損して得あり。時にあうなり」
損をすることを、恐れる必要はありません。
次回の予告:
次は、損した後に必ず訪れる、溢れんばかりの成長の卦**「風雷益(ふうらいえき)」**について解説します。追い風に乗って一気に加速する智慧を学びましょう。


