易経「天水訟」の意味|10翼に学ぶ「争いの回避術」と勝利より大切なもの

易経

正義を主張したはずが、泥沼の争いに発展してしまった経験はありませんか?

易経の六番目にあたる**「天水訟(てんすいしょう)」は、訴訟や争い、意見の対立を象徴しています。「天」は上へ行こうとし、「水」は下へ行こうとする。この「背き合う性質」が衝突を生むのです。この記事では、卦辞の漢字一文字ずつを『大漢和辞典』で精査し、「十翼(じゅうよく)」**が教える「負けないことより、争わないこと」の真髄を解説します。

徹底解読:卦辞「訟、有孚、窒。惕中吉。終凶。利見大人。不利渉大川」

『大漢和辞典』に基づき、一字一字の採択意図を明確にします。

  • 【訟】(ショウ・うったえる・あらそう)
    • 意味:公(おおやけ)に言(ことば)を出す。訴訟。
    • 採択:ここでは「自分の正しさを公に主張して争うこと」を指します。
  • 【有】(ユウ・ある)
    • 意味:存在する。持っている。
  • 【孚】(フ・まこと)
    • 意味:爪で卵を温める姿。誠実。
    • 採択:訴える側に「自分なりの誠実な言い分(信念)」があることを示します。
  • 【窒】(チツ・ふさがる)
    • 意味:穴を土でふさぐ。ゆきづまる。
    • 採択:言い分(孚)はあるが、相手に届かず「事態が塞がって通らない」状況を取ります。
  • 【惕】(テキ・おそれる)
    • 意味:心を動かして警戒する。慎む。
    • 採択:ただ怖がるのではなく「自省し、慎重に警戒する」姿勢です。
  • 【中】(チュウ・なか・あたる)
    • 意味:真ん中。偏らない。
    • 採択:争いの途中で「中道(バランス)」を見つけること。
  • 【終】(シュウ・おわり)
    • 意味:最後までやり遂げる。
    • 採択:争いを「最後までやり抜いて決着をつけること」を指します。
  • 【凶】(キョウ・わざわい)
    • 意味:悪い結果。
  • 【利】(リ・よろしい)
    • 意味:役立つ。都合が良い。
  • 【見】(ケン・まみえる)
    • 意味:会う。目上の人に教えを請う。
  • 【大人】(たいじん)
    • 意味:徳の高い人物。公平な仲裁者。
  • 【不】(フ・〜ず)
    • 意味:否定。
  • 【渉】(ショウ・わたる)
    • 意味:川を歩いて渡る。危険を冒す。
  • 【大川】(たいせん)
    • 意味:大きな川。重大な決断や冒険。

【総合解釈】

自分に誠実な言い分があっても、事態は塞がり通らない。恐れ慎んで途中でやめれば吉(惕中吉)だが、最後まで争い抜けば必ず禍根を残す(終凶)。公平な第三者の助けを借りるのが良いが、この時期にリスクの高い大勝負に出てはいけない。

十翼が説く「争いの本質」と回避術

十翼の**『彖伝(たんでん)』は、「訟は、上が剛で下が険である」と指摘します。 強い力(天)と、険しい策略(水)がぶつかり合えば、必ず争いになります。しかし、ここで『彖伝』が最も強調するのは「訟は不可成也(訟は成すべからざるなり)」、つまり「争いは成就させてはならない」**ということです。

また、**『序卦伝(じょけでん)』**では「飲食(需)あれば必ず訟あり」と説きます。豊かさを享受し始めると、利権を巡って必ず不和が生じるという人間心理の真理を突いています。

争いの進展と引き際の6段階

十翼の**『象伝(しょうでん)』**とともに、争いの推移を見ていきましょう。

段階易経の言葉(爻辞)十翼(象伝)による指針現代的解釈
第一事を長くせず「弁ずべからざるなり」:言葉で言い返さない。早期解決: 小さな不満を蒸し返さず、すぐ流す。
第二克(か)たず。帰(かえ)りて逃る「自ら禍いを下すなり」:無理な抵抗は身を滅ぼす。撤退: 相手が強いなら、さっさと引き下がる。
第三旧(もと)の徳を食(は)む「従(したが)えば吉なり」:先人の徳や慣習を守る。現状維持: 冒険せず、自分の分をわきまえる。
第四克たず。命(めい)に復(かえ)る「改めて安んずれば吉」:自分の理不尽を反省する。自己変革: 正義に固執せず、平穏な心を取り戻す。
第五訟、元吉「中正をもってなり」:中正な立場で公平に裁く。勝利・解決: 公平な判断を下し、皆が納得する。
第六鞶帯(ばんたい)を賜る「不足(たら)ざるなり」:勲章をもらっても奪われる。虚しい勝利: 勝訴しても怨恨が残り、心は満たされない。

十翼が説く「作事謀始」の知恵

天水訟の**『象伝(しょうでん)』**には、対人関係における究極の予防策が記されています。

天と水と違(たが)い行くは、訟なり。君子もって事を作(な)すに始めを謀(はか)る。

天は上へ、水は下へ、互いにバラバラの方向へ行く。これが争いの形です。

君子(賢明な者)はこれを見て、「事を作(な)すに始めを謀(はか)る(作事謀始)」、つまり「何かを始める最初の段階で、後の争いにならないよう、契約や役割分担を綿密に計画する」べきだと説いています。

争いが起きてから戦うのではなく、**「争いが起き得ない仕組み」**を最初に作る。これが最も高度な勝利です。

天水訟の教えを今すぐ活かすべき人

  • 周囲と意見が対立し、法的措置や強い主張を考えている方
  • 理不尽な批判を受け、言い返したくてたまらない方
  • 新しい契約やプロジェクトを始めようとしているリーダー

天水訟は、勝つことよりも「後腐れなく終わらせること」の価値を教えてくれます。

もしあなたが今、怒りに震えているなら、それは**「終凶」への入り口かもしれません。たとえ勝っても、その勲章(鞶帯)は他者からの恨みという毒を含んでいます。プライドを捨てて一歩下がり、「惕中吉」**の道——恐れ慎んで争いを途中で止める道——を選ぶことが、あなたの将来の運気を守る最大の防御となります。

十翼の**『彖伝』**はこう教えます。

「中に入りて吉とは、その行い中正なればなり」

どちらか一方の極端に走らず、中道を行く。その誠実な姿勢こそが、最悪の紛争を最高の調和へと変える力を持つのです。


次回の予告:

次は、規律ある集団とリーダーシップを象徴する**「地水師(ちすいし)」**について解説します。目的のために組織をどう動かすべきか、その「戦いの方程式」を学びましょう。

それでは。

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