『草枕』の中で漱石は、西洋詩がどうしても「人間関係(人情)」の愛憎や正義に囚われてしまうのに対し、東洋詩にはそれらを一瞬で忘れさせる力があると説きました。その象徴として挙げられるのが、中国の詩人・陶淵明です。
「採菊(きくをとる)東籬下(とうりのもと)、悠然(ゆうぜん)として見南山(なんざんをみる)。ただそれぎりの裏うちに暑苦しい世の中をまるで忘れた光景が出てくる。」
この一節は、陶淵明の代表作『飲酒』其五から引用されています。
- 原文: 采菊東籬下、悠然見南山。
- 対訳: 東のまがきのふもとで菊を摘んでいると、ふとした拍子に(悠然と)、遥か南の山が目に飛び込んできた。
漱石はこの詩に、「隣の娘との恋」も「出世への色目」も存在しない、完全な**「出世間的(世俗を脱した)」境地**を見出しました。西洋詩がどんなに美しくても、結局は「人間」の執着から逃れられないのに対し、陶淵明の2句は「暑苦しい世の中」を瞬時に無効化します。この「人情」を排した風景そのものになる態度こそ、漱石が理想とした「非人情」の核心です。
竹林の中に打ち立てられた「別乾坤」という安らぎ
漱石はさらに、唐代の詩人・王維の詩を挙げ、東洋文学が持つ「精神の回復術」としての側面を絶賛します。
「独(ひと)り坐(ざ)す幽篁(ゆうこう)の裏(うち)に、弾琴(きんをだん)じて復(ま)た長嘯(ちょうしょう)す……ただ二十字のうちに優に別乾坤(べつけんこん)を建立している。」
ここで語られる**「別乾坤」**とは、現実とは切り離された、別の清らかな天地という意味です。
- 出典: 王維『竹里館(ちくりかん)』
- 原文: 独坐幽篁裏、弾琴復長嘯。深林人不知、明月来相照。
- 対訳: 竹藪の奥深くに一人座り、琴を弾き、また声を長く引いて詩を吟じる。深い林の中ゆえ誰も知る人はいないが、明るい月だけがやってきて私を照らしてくれる。
このわずか20文字の中に、俗世の義務や権利とは一切無縁な、完璧な静寂の世界が完成しています。漱石はこれを、現代社会の疲れを癒やす「ぐっすり寝込むような功徳」であると評しました。多忙を極める二十世紀の人間にとって、この「別乾坤」へ精神を飛ばすことこそが、最も贅沢で効果的な薬になるのです。
詩人の鋭敏さと「万斛の愁い」を癒やす方法
一方で、漱石は詩人が持つ「鋭敏すぎる神経」が引き起こす苦痛についても冷静に分析しています。
「西洋の詩は無論の事、支那の詩にも、よく万斛(ばんこく)の愁(うれ)いなどと云う字がある。」
**「万斛(ばんこく)」**とは、計り知れないほど大量であることを意味する漢語表現です。
- 出典: 蘇軾(蘇東坡)『与程教練書』など
- 原文(類例): 万斛之愁、何以解之(万斛の愁い、何を以てかこれを解かん)
- 対訳: 計り知れないほどの巨大な悲しみを、一体どうやって解消できようか。
詩人は、普通の人なら見過ごすような小さな不調や社会の歪みに敏感です。だからこそ、現実の苦しみ(人情)を詠むとき、その悲しみは「万斛」という巨大な量として表現されるまで増幅してしまいます。漱石は、この苦しみから逃れるために、あえて人間関係すら消え失せた「非人情」の世界を追求しました。シェリーのような西洋詩人が「前をみては後をみては、物欲しとあこがれる」という執着を歌うのに対し、東洋の文人たちは風景そのものになることで、自らの鋭敏な神経を保護したのです。
まとめ:二十世紀に必要な精神の遡航
漱石がこの場面で伝えたかったのは、東洋文学が持つ「没入の知恵」がいかに現代人の救いになるかという点です。
| 芸術の方向性 | 西洋詩(シェリー等) | 東洋詩(陶淵明・王維) |
| 対象 | 人間の愛、正義、執着(人情) | 自然、静寂、忘却(非人情) |
| 精神状態 | 憧れ、渇望、常に「動」 | 悠然、自足、完璧な「静」 |
| もたらすもの | 情熱的な感動と苦悩 | ぐっすり寝込むような安らぎ |
陶淵明や王維が描き出した**「桃源(とうげん)」**への精神的帰還。それは現実逃避ではなく、エゴを消し去ることで自分を取り戻す高度な技術です。
近代化の荒波の中で神経をすり減らしていた漱石にとって、これらの漢詩がもたらす「別乾坤」は、何物にも代えがたい「精神の回復術」でした。私たちは今こそ、漱石という案内人を通じて、この古くて新しい「非人情」という薬を受け取る必要があるのかもしれません。



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