まずは状況描写から。美しい緑が伸展していき広がりを感じます。

原文
葛之覃兮
施于中谷 于は前置詞(場所を示す「置き字」)「於」と同じ役割。
維葉萋萋
ここまでの詩的な感想
覃(の)びて:延びる。長く伸び広がる。「の表現によって、範囲の広さをイメージします。」
中谷:谷の中。「の表現によって、その湿気や朝露のイメージが、この後の黄鳥のイメージと合わさって、とても心地よい朝をイメージしました。」
萋萋(せいせい):草木が盛んに生い茂るさま。「覃(の)びてで広がった範囲にワンサと重なっているイメージがします。これによって緑の濃さや深さ(葉が重なって影ができることによるグラデーションがあり)、少し暗い目の緑に黄鳥が映えるようなイメージをしました。」
施:
【名詞】(ほどこし): 他人に物を与えること。
【動詞】(ほどこす): 与える。実行する。行う。
【動詞】(うつる): 移る。延びる。延び広がる。
- ※「施(せ)」ではなく「施(い)」と読む場合が多い分類。
【助詞】: リズム調整、発語の語
維(これ):
【名詞】 つな、太いひも。
網の四隅にある太いつな。転じて、物事を支える基本的なきまり(維新、綱維)。
【動詞】 つなぐ。
結びつける。つなぎとめる。支える。保つ(維持)。
【助詞】(文法的な役割)
1.句頭・句中の発語助詞: 文の調子を整える。意味はない。
2.繋ぎの助詞(提示): 「~は…である」という判断を示す(「是」「惟」「唯」に通じる)。
3.接続詞: 「~と」「および」。
コントラストの切り変わり目がとっても鮮やか。

原文
黄鳥于飛 于は(動作の強調・リズム調整)
集于灌木 于は前置詞(場所を示す「置き字」)「於」と同じ役割。
其鳴喈喈
ここまでの詩的な感想
黄鳥のコントラストがとても印象的で、紅一点の語源になった情景とも違った使い方があったのだと思いました。
この鮮やかさにとても惹かれます。当時の人々はこういったことを日常で見ていたのでしょうね。
詩の情景は現実の景色でないものも多いですが、ここの登場人物は身近なものが多いように思います。
喈喈(カイカイ):正解:和して鳴くさま。鳥の鳴き声が清く、調子よく響くさま。
補足: 単に「やかましい」「賑やか」という騒々しさではなく、「調和のとれた美しい響き」を指す。鐘の音が澄んで響く様子にも用いられる。
于(う):
【動詞】 ゆく。
- 「往」に通じ、ある場所へ向かう。
- 【前置詞(置き字)】 ~に、~において、~より。
- 「於」に通じ、場所・時間・対象・比較を示す。
- 【助詞】(文法的な役割)
- 句頭・句中の発語助詞: 意味はなく、リズムを整え、動作の開始を強調する。
- 【形容詞・副詞の接尾辞】
- 状態を表す語のあとに付く。
「黄鳥」は現在のコウライウグイス(Black-naped Oriole)だと考えています。
『詩経』における記述:
周南「葛覃」: 「集于灌木、其鳴喈喈(灌木に集まり、その鳴くこと喈喈たり)」
小雅「黄鳥」: 「黄鳥黄鳥、無集于穀(黄鳥よ黄鳥よ、穀の木に集まるなかれ)」
の色調などからも、そう考えています。
『説文解字』の定義:
「離黄、楚雀也。一名倉庚(離黄は楚の雀なり。一名を倉庚という)」
「離黄」「倉庚」「黄鳥」はすべて同一の鳥の別名。
『本草綱目』(李時珍): 禽部において「倉庚」を「黄鳥」と定義。
「色衣織長、其色金黄(色は織物のように美しく、その色は金黄色である)」と詳述されていて
朝から夕、そして秋へ
原文
葛之覃兮
施于中谷
維葉莫莫
ここまでの詩的な感想
萋萋に対する莫莫(ばくばく):草木が茂り暗いさま。あたり一面に繁るさま。
をどう解釈しましょう。私は、萋萋が朝のイメージで、莫莫が夕暮れのイメージなんです。
時間の経過を、対として示すことで恒久的な日々の流れを示しているように思います。
それを繰り返し春に対しての秋つまり収穫の季節を意味してるように理解しました。
| 擬態語 | 箇所 | 主なイメージ | 視覚的な違い | 体系的な役割 |
| 萋萋 | 維葉萋萋 | 旺盛・健康・青々 | 日向の青い葉。明るい。 | 草木の盛んな茂り方。 |
| 莫莫 | 維葉莫莫 | 濃密・過剰・薄暗い | 陰の濃い葉。暗い。 | 茂密(もみつ)な茂り方。 |
収穫して為す。自然の恵み、人の営み。
原文
是刈是濩
為絺為綌
服之無斁
ここまでの詩的な感想
刈り取って、煮るという服になっていくプロセスを示しているように見えますが、私は植物から糧を得ていくという人間の営みそのものを体現したように思います。
「為絺為綌」とあることで、荒、細を厭わずと読みましたが、現代人の感覚ですと荒が質素、細が上等と考えてしまいますが、当時はどうだったのでしょうか?
表現としてはどんなものでも厭わずという意味だと思い、毛伝でも倹約とされているので、おそらく意味はあっているのでしょうが、気になるところです。
読んでいてこういった現代人としての感覚を疑うというところは、必要なのかもしれません。
今我々は、「これはこういうものだ疑問を持たないで」という渦の中にいて、疑問を持つことを忘れているような気がします。
その意味でも毛伝の言う倹約というところにも、疑問はあって老子で言う無為自然、自然の恵みをありのままを受け入れるという意味にも考えていて、自然の恵みを受けて、子孫に伝えていくということをうたっている詩のようにも思えてならないです。
濩(に)て:煮る。釜で煮て繊維を取り出す。
絺(ち):葛の繊維で織った目の細かい布。
綌(げき):葛の繊維で織った目の粗い布。
服(ふく)して:着る。身につける。
斁(いと)わず:嫌になる。ここでは「嫌がることがない」。
いよいよ物語が展開します。
原文
言告師氏
言告言歸
ここまでの詩的な感想
師氏(しし):女官の長。教育係。
師氏と出てきたことと最後の歸寧父母から、嫁ぐことと理解しました。
解釈としては3パタンあるようです。
- 毛伝:嫁ぐことによって父母を安心させる。→これが私の解釈に近い。
- 集伝:父母を忘れることなく孝をつくす詩とする。これは儒教観が見えて違うかなぁとは私は思いました。当時、里帰りという風習がなかったようなので裏付けになるかと。
- 別解:儀式的な意味にとらえ、神聖視する解釈。→これは学術的なほうでお願いします。
理由としては、一番気持ちが良いから。
言語化するなら、詩は感情が動くと出来るものであり、嫁ぐことによって安心という気持ちは人間の古来から本質にある親心、子心を反映してるようで私が好きだからです。
1. 「言」の語義分類
- 【名詞】 ことば、言語。(例:言論)
- 【動詞】 言う、告げる。(例:言及)
- 【代名詞】 我(われ)、これ。(上古音の通仮。文脈により「私が~する」と訳す)
- 【助詞】(発語助詞・詞助詞):
- 句頭・句中において語調を整え、動作を導く役割。
- 意味そのものは持たないか、動作を強調する。
2. 「言告」「言歸」における考え方
本篇における「言」は、「助詞(発語助詞・詞助詞)」として考えるのが一般的です。
- 構造: 「言(助詞)」+「告(動詞)」
- 役割: 四言(四文字)の調子を整えるとともに、これから行う動作(告げる、帰る)へと意識を向ける接頭辞的な働きをします。
- 解釈: 「さあ、(師氏に)告げよう」「さあ、(父母のもとへ)帰ろう」。
- 代名詞説: 一部では「我(われ)」と解し、「私は告げる」「私は帰る」と訳す説もあります。
言告」「言帰」の解釈
ここでは「言」を助詞として捉えるのが最も正確です。
- 言告(げんこく): 「言(助詞)」+「告(動詞)」。単に「告げる」ではなく、四言詩の韻律を成立させるために「言」を添えています。
- 言告言帰: 「言」が畳み掛けられることで、強い意志や、動作の連続性を強調する役割を果たしています。
そして、クライマックス、気持ちの洗濯を。
原文
薄汙我私
薄澣我衣
害澣害否
歸寧父母
詩的な感想
細かなところですが、漢字の違いに注目しました。これによって徐々に心の準備ができていく気持ちの整理を表しているように考えます。
引っ越しなど、何かの転機があった時に気持ちを置き換えてみましょう。掃除をしたり(汙)して、それから、次のことに向かい気持ちを整えいく。(澣)、まずは私的なものから(私)そして、公的なもの(衣)へ。気持ちの向きを表しているようにも思えます。
そして、害澣害否へとつながっていきます。そこまで気持ちを整えて言ったうえで最後に「澣か否か」。この選択が来ることがここまで来て、また、気持ちの揺らぎを表していることが人間的なように私は思います。
人間一直線に生きてるわけではなく、時に立ち止まり、時に本当にこれでよいのか考えたりするもので、時間に追われて生きている現代においてこの感覚は押しつぶされてしまって、考えないようにしているように思います。
こういったことを考えさせてくれるのが詩の良い所ですね。
そして、最後は「歸寧父母」と決心する。そこに父母があることは、何も社会的にどうかというものではなく、娘としての自然な感情のように思います。
「汙(お)」と「澣(かん)」の違い
- 汙(お / ぜん):汚れを落とす、下洗い
- 字義: 本来は「濁った水」や「よごれ」を指しますが、動詞としては「泥やあかなどのひどい汚れを揉み出す」工程を指します。
- 澣(かん):ゆすぐ、仕上げの洗濯
- 字義: 説文解字などの辞書では「濯(すす)ぐ」と同義とされます。水で汚れを洗い流し、清潔にする仕上げの工程です。
2. 「私(し)」と「衣(い)」の違い:衣服の種類の差
古代中国の礼法における衣服の階層(内と外)を区別しています。
- 私(し):肌着、内着
- 字義: 「公」に対する「私」であり、公の場で見せない「私的な服」、つまり肌に直接触れる内着や普段着を指します。
- 衣(い):表着、正装
- 字義: 上着や外側にまとう衣服を指します。
まとめ
ここまで読んできましたがいかがでしたでしょうか?
正直、かなり大変です。字が意味が調べるごとに、読み返すたびに解釈が、となかなかに右往左往しました。(それも楽しいのですが。)
読んでいてももう一度読み返すことの重要さを味わったように思います。
私の解釈をまとめると。
「葛の蔦が伸び茂っていく春に、黄鳥が木々に留まって春を祝いを歌う。
葛の蔦が伸びきった秋に、収穫して自然の恵みをありのままに受け入れよう。
師氏に嫁ぐことを言うのだ。
今まで使ってきたものを洗い、捨てようかどうかと思ううちに、思い出とともに、気持ちを整理されていく。
それでもやはり不安だけど、父母(そしても私も)安心させよう。(不安というのは、人間が考える以上消えない、自然の営みに身をゆだねることだけが安心となる)」
という理解になりました。
葛布(衣服)の材料として刈り取る際は、茎(つる)の繊維が必要で、
刈り取りに最適な状態: 繊維にするには、その年に伸びた青く、節の間が長い、真っ直ぐなつるが最適です。
時期: 伝統的な葛布作りでは、繊維が丈夫で剥がしやすい**盛夏(7月〜8月)**に刈り取ることが多いですが、地域や目的によっては秋の入り口まで行われます。
ということなのでちょっと時期を秋としたのは早計で収穫期としたほうが良かったかもしれません。
参考)葛から服(葛布)を作る工程
刈り取った葛を「布」にするには、非常に手間のかかる工程が必要なようです。
現代の製法なのでどこまで同じかは分かりませんが、なかなかに大変そうですね。
① 刈り取りと煮沸(にる)
刈り取ったつるを2メートルほどの長さに切りそろえ、葉を落とします。これを大釜で30分〜1時間ほど煮ます。これにより、繊維を覆っている不純物が分解されやすくなります。
② 発酵(室入れ・むらし)
煮た葛のつるを、ススキやワラを敷いた「むらし室(あるいは穴)」に入れ、数日間放置して発酵させます。この工程で微生物の力を借り、繊維以外の組織(表皮や肉質)を腐らせて分離しやすくします。
③ 澣濯(かんたく:洗い)
発酵したつるを川などの流水に運び、手足で揉むようにして洗います。この時、腐った表皮が剥がれ落ち、中からキラキラとした**「葛苧(くずお)」**と呼ばれる白く細い繊維が取り出されます。
④ 糸作りと織り
取り出した繊維を乾燥させ、細く割いて結び合わせ、1本の長い糸にします(これを「糸績み」と呼びます)。この糸を機(はた)で織り上げることで、独特の光沢と通気性を持つ葛布が完成します。
最後に、詩をもう一度味わっていただくために原文を再掲します。
情景を思い浮かべて、読んでいただくとまた味わいが変わるように思います。
葛之覃兮
施于中谷
維葉萋萋
黄鳥于飛
集于灌木
其鳴喈喈
葛之覃兮
施于中谷
維葉莫莫
是刈是濩
為絺為綌
服之無斁
言告師氏
言告言歸
薄汙我私
薄澣我衣
害澣害否
歸寧父母
底本
この記事の底本(参考文献)は以下になります。
余説、通釈、語釈などまとめてあって参考になる情報が多く載っており参考にしました。
詩があまり載っていない本もある中で、この本がおすすめです。
それでは。


