【監訳者あとがき解体】第4版監訳者・林康史氏が提起した「シーゲルへの問い」を読み解く

デスクの上に置かれた防災ヘルメットと『SURVIVAL INVESTING』というタイトルの分厚い投資本。背景には株価チャートが表示されたモニターがあり、震災後の生活を守る「資産防災」のイメージを表現している。 資産防災

【免責事項】本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の投資商品・投資行動を推奨するものではありません。投資にはリスクが伴い、元本割れの可能性があります。投資判断はご自身の責任において行ってください。

日本語版『株式投資(Stocks for the Long Run)』第4版の監訳者あとがきは、林康史氏(立正大学経済学部)と藤野隆太氏によって書かれた。本文はシーゲルの主張を単に解説するのではなく、批判的・哲学的な問いを投げかけるユニークな内容だ。本稿ではその核心を忠実に整理し、第6版の視点からも検証する。


【抽出】監訳者あとがきの核心的論点

A. 監訳者のシーゲル評価

林氏はまず、自身が以前に釈然としなかったとされる別の著作(バートン・マルキールの『ウォール街のランダム・ウォーカー』を念頭に置いているとみられる)との比較から始める。それに対してシーゲルの本書は「私自身の考え方が間違ってはいないと改めて確信させてくれるもの」「これこそ株式投資のテキストだ」という高い評価を示している。

一般読者の感想として林氏は2点を紹介している。「金融市場で実際に起こった出来事を臨場感のある描写で解説し、読み応えのある物語となっている」という点と、「大学で専門的に経済を勉強したことのない人でも、物語を読むように読める」という点だ。本書はファンダメンタルな経済学の視点のみならず、アノマリー・テクニカル分析・行動ファイナンスにも偏ることなくスポットが当てられており、現場感覚に溢れていると林氏は評価している。

B. シーゲルの主張への批判的考察:3つの問い

林氏は本書に対するいくつかの批判的見解を率直に提示している。

問い1:過去のデータは将来を保証しないという問題

シーゲル自身も認めているように、膨大なデータを駆使しているが過去のデータは将来を保証するものではない。この点は投資予測やシステム取引の際に常に議論される事項だが、「他に方法が見当たらないから、それ以上の議論は難しい」と林氏は述べる。

問い2:「長期では株式の方がリスクが低い」という逆説的な主張の問題

林氏が最も重要な批判的論点として挙げるのは、シーゲルの「長期的には株式は債券よりも実際にはリスクが小さい」という主張だ。直感的にも年率リターンの標準偏差からみても一般とは違った主張に思われると林氏は述べる。

林氏はジョン・パウロスの著作を引いてこの問いをより鋭くしている。40年に1度株式投資の4分の1を失うし、もっと高い頻度で財務省証券のリターンを大きく下回ることになる。その数字を見る限り長期で見て株式が債券よりもリスクが小さいとは言いにくい。しかしシーゲルの主張を統計的に裏付けるのは、時間と共にリターンが平準化され乖離が小さくなるという事実だと林氏は整理している。

さらに林氏は次の逆説的な問いを提起する。ボラティリティの高さにもかかわらず株式が債券よりも長期的にはリスクが低かったのは、価格が相対的に安かったからであり、それゆえに株式の平均リターンが相対的に高かったからだと考えられる。投資家が株式はリスクが高いとみていたからこそ、リスクプレミアムが高かったのだ。

ではもし投資家たちがシーゲルの主張を信じ株式はリスクが高いとは思わなくなったとしたら何が起きるか。リスク回避的な投資家たちは株式を買うためにそれほど高い誘因を必要としなくなり株価は上昇する。株式のリスクプレミアムは小さくなり、価格が高くなるのだからリターンは低くなる。したがってリターンが低いのだから株式のほうがリスクの高い資産になる、という逆説だ。

林氏はこれを「株式のリスクは、低いと思われれば高くなり、高いと思われれば低くなる」とまとめ、「話は単純ではないが、これも現場では許容せざるをえないことである」と述べる。同様の問題として相場のオーバーシュート・テクニカル分析の自己実現性・アノマリーの消滅なども挙げている。

林氏はさらに「ある情報や認識が無意味なものとなるほど市場参加者全員に周知徹底されることはない」という自身の経験則を示している。シーゲルとロバート・シラーは同じデータをもとにしながら今後10年の株式リターンについてまったく異なる予測をしていると指摘し、市場全体のレベルでは認識が一致することはない、むしろアノマリーは観察されなくなれば再び蘇る可能性があると述べている。

問い3:「王朝モデル」の問題

長期的には株式は債券よりずっとリターンが高くリスクが小さいとしても、別の疑問があると林氏は続ける。人はシーゲルが考えているほどの長期の投資を想定していないのではないかという「王朝モデル」の問題だ。王朝のように財産を相続させるという長期の想定を前提としているが、周囲を見渡すと、利他主義的遺産動機や戦略的遺産動機を持つ家計はほとんど見当たらず、普通にライフサイクルのままに行動しているとしか思えないと林氏は述べる。

ただし実証研究(麻生良文・神谷佳孝「王朝モデルは成り立つか」郵政研究所)によれば「高齢者の資産の取り崩しはほとんど観察されず、また個人の資産形成に占める相続の比重はきわめて高い」という。シーゲル自身も個々の資産の保有期間は多くの投資家が認識するよりずっと長いと述べている。林氏の結論は「保有期間が自らの認識よりも長いのであれば、むしろ王朝モデルを前提として行動したほうがよい」というものだ。

C. 監訳者としての最終評価

林氏は最後に「本書ほど、一般の個人投資家に具体的な指針を示している書籍は少ないのではなかろうか」と結論づけている。ピーター・バーンスタインが「本書を読み理解した投資理論を、実際に市場で実践することが容易ではない」と警告し、シーゲル自身も心理的な落とし穴があるという点でそれを認めているが、それでも本書は具体的な指針として際立っていると評価している。「本書にヒントを見いだせない人は、自らが投資には向いていないのではないか疑ってみるべきかもしれない」という林氏の言葉が印象的だ。

なお林氏は監訳者であると同時に自身がデイトレードの書籍も著していることを明記し、デイトレードのみを行うものではなく「投資期間として長期も短期もありうる」というスタンスであることも述べている。


【検証】監訳者あとがきが提起した問いの現代的意義

問い1への現代的回答:過去データの限界と「それでも使うしかない」問題

林氏が指摘した「過去のデータは将来を保証しない」という問題は、第6版でも解決されていない。シーゲル自身が将来の実質リターンを6〜7%から5%程度に引き下げた(第28章)ことは、この問題への一つの誠実な対応だが、根本的な解決ではない。「他に方法が見当たらない」という林氏の評価は2024年でも基本的に正しい。

問い2への現代的回答:「株式のリスクは低いと思われれば高くなる」という逆説

林氏が提起したこの逆説は、2020年代の実際の市場で部分的に現実化した可能性がある。コロナ禍以降のインデックスファンドへの大規模な資金流入と株価のバリュエーション上昇は、「株式のリスクプレミアムが縮小した」という形で現れている。第6版でシーゲルが「将来の実質リターンは5%程度」と引き下げた背景には、まさにこの逆説が働いた可能性がある。

問い3への現代的回答:「王朝モデル」の現実的な妥当性

林氏が提起した「実際には投資家はそれほど長期を想定していないのではないか」という問いは、第25章で詳しく論じられた「短絡的な損失回避」と「過剰モニタリングの問題」と深く関連する。ベナルチとセイラーの研究(評価期間が30年に延びれば株式リスクプレミアムは1%近くまで低下する)は、林氏の問いへの一つの回答だ。人々が実際には長期で資産を保有しているとしても、心理的には短期の変動に強く反応することが問題なのだ。


【批判】監訳者あとがきが第6版的視点から見て補強・修正が必要な点

① 「シーゲルとシラーが同じデータで異なる予測をする」という指摘の深刻さ

林氏は「シーゲルとロバート・シラーは同じデータをもとにしながらまったく異なる予測をしている」と述べているが、この指摘は第6版においてさらに重要性を増している。シラーのCAPEレシオが長期的に株式のアンダーパフォームを予測する一方、シーゲルは配当の質など異なる指標を使って異なる結論を導く。どちらが正しいかは将来によってのみ判定されるが、この二人の対立は「どのデータを、どのように解釈するか」という問題の深刻さを示している。

② 「アノマリーは観察されなくなれば再び蘇る可能性がある」という洞察の普遍性

林氏のこの洞察は、第14章でキャンベル・ハーヴェイとヤン・リュウが指摘した「発見されたファクターは市場に裁定される」という問題と同じ構造を指している。ただし林氏は「再び蘇る可能性がある」という方向にも論を進めており、これは効率的市場仮説をより動的に捉えた視点として評価できる。


【評価】監訳者あとがきの評価軸

評価論点判断の根拠
【信】Core Insight「株式のリスクは低いと思われれば高くなり、高いと思われれば低くなる」という逆説的洞察これはリスクプレミアムの経済学的構造から導かれる正確な洞察であり、2020年代のインデックス投資の普及と株式バリュエーションの上昇という現実によって部分的に実証されつつある。
【疑】Variable「実際の投資家はシーゲルが想定するほど長期を前提としていない」という王朝モデルへの疑問実証研究では高齢者の資産取り崩しが少ないことが示されているが、心理的な短期思考と実際の長期保有という「矛盾した現実」は解消されていない。
【棄】Bias「長期も短期もありうる」というスタンスに基づく監訳者の相場観これは林氏個人の投資スタンスの表明であり、本書の学術的評価とは切り離して読むべきだ。

まとめ

本に記述された事実と変遷

監訳者あとがきの核心は「シーゲルの主張は説得力があるが、3つの根本的な問いを提起する。①過去のデータは将来を保証しない②株式のリスクプレミアムは自己実現的に変化する③実際の投資家はシーゲルが想定するほど長期を前提としていない可能性がある」という批判的考察だ。

それでも林氏の最終評価は「本書ほど一般の個人投資家に具体的な指針を示している書籍は少ない」という高い評価に落ち着く。批判を提示しながらも推薦するという誠実な姿勢が本あとがきの特徴だ。

将来への持論と方針

林氏が第4版のあとがきで提起した3つの問いは、第6版(2025年)においても未解決のままだ。とりわけ「株式のリスクは低いと思われれば高くなる」という逆説は、インデックス投資の爆発的普及という2020年代の現実を考えると、ますます重要な問いになっている。

本書全体を通じた最終的な結論として、著者シーゲルは「株式は長期的に富を蓄積するのに最適な手法であるという主張は、1994年に初版を出版したときと同じく、今日でも真実である」と述べた。監訳者の林氏はその主張に同意しながらも、「話は単純ではない」という現場感覚に根ざした警告を加えた。両者の見解を合わせて読むことで、本書の価値はさらに深まる。

これにて本書全章の解体分析を終える。最終的な結論は全章を読み終えた今まとめる準備ができた。

長期の分散投資を信じながら、そのリスクプレミアムが自己実現的に変化しうるという逆説を忘れずにいること。それが、シーゲルの主張と林氏の問いを統合した、誠実な投資家の姿勢だろう。

それでは。

※本記事は第4版の日本語版監訳者あとがき(林康史氏著)の内容を要約・解説したものです。引用は最小限にとどめ、すべて著者の見解を参照した旨を明示しています。将来の投資環境についての記述は個人の見解であり、予測を保証するものではありません。

【免責事項】本記事は情報提供を目的としており、投資助言ではありません。投資は元本割れのリスクを伴います。最終的な投資判断はご自身の責任において行ってください。

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