【免責事項】本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の投資商品・投資行動を推奨するものではありません。投資にはリスクが伴い、元本割れの可能性があります。投資判断はご自身の責任において行ってください。
ジェレミー・シーゲル著『株式投資(Stocks for the Long Run)』第6版 第5章のテーマは「株価指数」だ。ダウ平均・S&P500・ナスダックという3つの指数がどう構築され、何を反映し、何を反映していないか。そして「平均的な株式は市場に負ける」という数学的現実をベッセンビンダーの研究が示す。本稿ではその論理を原文に忠実に整理したうえで、これまでの評価軸に沿って検証する。
【抽出】第6版 第5章の核心的ロジック
A. ダウ平均:欠陥だらけなのになぜ機能するのか
ダウ工業株平均は1885年にチャールズ・ダウが考案した。現在の30銘柄構成は1928年から続いている。算出方法は「構成銘柄の株価合計を除数で割る」という株価加重平均であり、時価総額ではなく株価の高い銘柄ほど指数に与える影響が大きい。著者は2022年2月時点の例として、ユナイテッドヘルス・グループ(1株460ドル)が指数の9%を占め、インテルのウエイトは1%未満だったと示している。
この構造的欠陥にもかかわらず、1971〜2021年の50年間のリターンは年率11.26%で、S&P500の11.14%、ナスダックの10.85%をいずれも上回っている。著者はこれを「ダウ委員会が長年にわたって構成銘柄を賢く選んできた」結果と評価している。ただしこれは裏を返せば、構成銘柄の選定という人為的な判断が指数のパフォーマンスを左右してきたことを意味する。
ダウ平均の長期トレンドについて、著者は1885年以降のインフレ調整後の平均上昇率を年率1.94%と示している。ただし指数はキャピタルゲインのみを反映し配当を含まない。この期間の平均配当利回りは約4.3%であるため、配当を加えた実質リターンは少なくとも年率6.2%になると述べている。
もう一つ注目すべき点がある。1980年以降、企業は配当として支払う割合を減らし自社株の買い戻しや設備投資に充てるようになった。その結果、株式投資のリターンの大部分は配当収入ではなくキャピタルゲインによってもたらされるようになっている。平均配当利回りは1980年以降1.5パーセントポイント低下しており、著者はこれを反映して傾きが1.5ポイント高い新しいレンジを設定している。
B. S&P500:時価総額加重平均の正統性
S&P500は1957年3月4日に500銘柄で算出が始まった。時価総額加重平均方式を採用しており、「市場全体の株価動向を最も的確に示すベンチマーク」として現在も世界中で使われている。2021年末時点でS&P500の構成銘柄の時価総額合計は約42兆ドルで、米国株の時価総額全体の約90%を占める。この割合は指数創設時からほぼ変わっていない。
組み入れには厳しい基準がある。2021年時点の基準として、①時価総額131億ドル以上、②流動性要件を満たすこと、③直近および過去4四半期連続でGAAP利益がプラス、④本社が米国にあること、が挙げられている。また2017年以降、複数議決権種類株式を発行している企業は除外されている。
指数の銘柄入れ替えタイミングについて著者は重要な点を指摘している。急成長する小型株・中型株はなかなか指数に取り込まれない。マイクロソフトは株式公開から8年後の1994年7月まで、テスラは時価総額が5000億ドルを超えた2020年10月まで採用されなかった。これは指数のリターンが「市場平均より高い」という誤解を生む原因にもなっているが、著者は「統計的にはそうは証明できない」と述べている。
C. ナスダック:ハイテク株市場の興亡
ナスダックは1971年2月8日に開設された自動気配表示システムで、当初は店頭取引銘柄2400銘柄の買値・売値を提供するものだった。指数は取引開始日の100から始まり、1995年7月に1000を突破。1999年10月の2700から2000年3月10日には5048.62のピークに達した。しかしITバブル崩壊後に2002年10月には1150まで下落し、3000を回復したのは2012年末だった。その後、近年のハイテク株の好調により2021年末には1万6000を超える最高値を記録した。
1971〜2021年の50年間のリターンは年率10.85%で、前述のとおりダウ(11.26%)・S&P500(11.14%)に劣る。ハイテク株に集中しているにもかかわらず、長期では分散度の高い指数に及ばなかった。
D. CRSP:学術研究が支えるデータベース
1959年、シカゴ大学のジェームズ・ロリエ教授らが設立した証券価格研究センター(CRSP)は、1926年からの株価情報を機械読取式で検索できるデータベースだ。2021年末時点で対象は4317銘柄、時価総額は50兆ドルを超える。上位500銘柄はS&P500とほぼ同じで全体の84.8%、上位1000銘柄(ラッセル1000相当)で93.6%、3000銘柄(ラッセル3000相当)で99.9%を占める。残りの1317社の時価総額は全体の0.1%にすぎない。
E. ベッセンビンダーの研究:「平均的な株式は敗者である」
この章の最重要論点がここだ。アリゾナ州立大学のヘンドリック・ベッセンビンダーは、1926年以降のCRSPデータベースの普通株式を分析し、以下を発見した。
- 90年間の累積リターンがプラスになった銘柄は50.8%とわずかに半数を超えるだけ。
- 90年間の累積リターンの中央値は9.5%だった一方、同期間の短期国債リターンは1928%だった。
- 短期国債のリターンを上回った銘柄は全体の27.5%のみ(約4分の1)。
- 時価総額加重平均の市場リターンを上回った銘柄はわずか4.0%。
JPモルガンの調査でも同様の結果が確認されている。1980〜2020年のラッセル3000の全銘柄を調べたところ、中央値銘柄のリターンはほとんどの期間でゼロからマイナス10%の間だった(配当再投資込み)。
著者はこの数学的構造を解説している。各銘柄が10%上昇または10%下落する確率が等しい場合、2期保有すると4分の3の確率で市場平均を下回る銘柄を選ぶことになる。ベッセンビンダーはこの原因を株式リターンの「歪度(スキューネス)」に帰しているが、著者はその解釈に慎重だ。株価が幾何学的ブラウン運動(完全に対称的な変化率)に従う場合でも負け組が圧倒的に多いことは予想されると述べており、「歪度やファットテールは存在するかもしれないが、それは平均的な株式が市場を下回る必要条件ではない」としている。原因の解釈はともかく、著者の結論は明快だ——「広範な分散投資こそが、株式が歴史的に提供してきた優れたリターンに近似する唯一の保証された方法である」。
【検証】第4版(2005年)から第6版(2025年)への差分分析
【的中・維持】理論の骨格が20年後も保たれたもの
- 「平均的な株式は市場に負ける」という数学的現実:ベッセンビンダーの研究(2017年)はこの章で新たに引用されているが、その数学的根拠(歪度の構造)は第4版から一貫して示されてきた分散投資の論理的帰結だ。「広範な分散投資のみが市場リターンを保証する」という結論は変わっていない。
- S&P500の時価総額シェアの安定性:1957年の創設時も2021年末も、S&P500の時価総額は米国株全体の約90%を占める。この構造的安定性は第4版から一貫しており、S&P500が「米国市場の代理人」として機能し続けていることを裏付けている。
【修正・追記】予測とのズレが生じ、説明が更新されたもの
- 配当から自社株買いへの重心移動の明示:第6版では「1980年以降に配当利回りが1.5ポイント低下し、キャピタルゲインがリターンの大部分を占めるようになった」という事実を明示し、それを反映した新しいトレンドラインを設定している。これは第6版での追記であり、長期トレンドの前提条件が更新されたことを示している。
- ダウ平均の株価加重問題の深刻化:第4版時点では株価加重の欠陥は指摘されていたが、第6版では「テスラやアマゾンのような高価格銘柄は除外しなければならない」という実務上の問題として具体化している。2022年のグーグルの20対1分割がダウ採用を狙ったものではないかという市場の憶測まで言及しており、問題がより顕在化している。
- ナスダックの長期リターンがダウ・S&P500に劣ることの確認:第4版時点では「ハイテク株集中のナスダックが長期でダウを下回る」という結果は出ていなかった。1971〜2021年の50年間でダウ11.26%・S&P500 11.14%・ナスダック10.85%という結果は第6版で初めて明示された。集中投資は長期では分散投資に劣るという主張の補強材料となっている。
【峻別】経済的必然 vs 時代的偶然
経済的必然(2050年でも再現可能性が相対的に高いもの)
- 株式リターンの歪度(スキューネス):個別銘柄の約4分の3が市場平均を下回るという数学的構造は、資本主義において少数の勝者が富を独占する性質から生まれる。この構造は2050年でも変わらない。むしろAI時代に「勝者総取り」の傾向が強まれば、この偏りはさらに拡大する可能性がある。
- 広範な分散投資の優位性:市場リターンを享受する唯一の保証された方法が「すべての銘柄を買う」(インデックス投資)であるという結論は、上記の数学的構造から導かれる必然だ。
時代的偶然(特定の条件が重なった可能性があるもの)
- ダウ委員会の「賢い選択」:1971〜2021年でダウがS&P500・ナスダックを上回ったのは、ダウ委員会が時代を先取りした銘柄入れ替えを行ってきた結果だ。しかしこれは「30銘柄の人的選定が機能し続けた」という特殊な条件に依存しており、2050年に向けてその判断が引き続き正確であるという保証はない。
- 低金利によるバリュエーションの底上げ:1980年以降の自社株買いへの移行と配当利回りの低下は、低金利環境下で企業が負債を使って自社株を買うという金融相場的な動きと連動している。高金利が定着する環境では、この「キャピタルゲイン主体のリターン構造」は変質する可能性がある。
【批判】2050年への死角
- S&P500の「上位数社への極端な集中」問題:原文の図5-2が示すように、CRSP指数全体の55.9%を上位100銘柄が占め、上位500銘柄で84.8%に達する。S&P500は時価総額加重であるため、GAFAMのような超大型株の比率が著しく高い。これはもはや「分散投資」とは言いにくい集中状態であり、著者はこの点への批判を十分に展開していない。
- ベッセンビンダーの研究の射程:「4分の1しか国債を上回らない」というデータは1926年以降の米国市場のものだ。これが2050年の多極化した世界でも同じ比率で成立するかは、米国市場の生存者バイアスを含む問題であり、他国市場での再現性は未検証だ。
- 指数構成の「本社所在地」問題の継続:第4章でも指摘されたとおり、S&P500は「本社が米国にある企業」を対象としており、売上の多くが海外でも「米国株」として分類される。グローバル化が進む中でこの分類の恣意性は増しており、「S&P500に投資すれば十分」という議論の根拠を弱めている。
- 自社株買いへの移行とトレンドラインの修正:著者は配当利回りの低下とキャピタルゲイン主体への移行を事実として記述し、それを反映した新しいトレンドラインを設定している。しかし自社株買いの拡大は低金利・高利益率・規制の緩さという条件に依存しており、2050年に向けてこれらの条件が変化した場合、キャピタルゲイン主体のリターン構造は変質し、トレンドラインの再修正が必要になる可能性がある。
【評価】第5章の評価軸
| 評価 | 論点 | 判断の根拠 |
|---|---|---|
| 【信】Core Theory | 個別銘柄の約4分の3が市場平均を下回るという数学的構造、および広範な分散投資のみが市場リターンを保証するという結論 | ベッセンビンダーの研究とJPモルガンの調査で実証された。歪度の数学的構造は2050年でも変わらない普遍的な性質だ。 |
| 【疑】Variable | S&P500・ダウ平均が「十分な分散」を提供しているという前提 | 上位100銘柄で55.9%、上位500銘柄で84.8%という極端な集中は、「インデックス投資=分散投資」という等式を崩している。2050年に向けてこの集中がさらに進む可能性がある。 |
| 【棄】Bias | 「キャピタルゲイン主体のリターン構造が今後も続く」という前提 | 自社株買いの拡大は低金利・高利益率・緩い規制という時代的条件に依存していた。第6版で新しいトレンドラインとして組み込まれたが、条件変化への脆弱性は残る。高金利や規制強化が定着すれば、このトレンドライン自体が再修正を迫られる。 |
まとめ
本に記述された事実と変遷
第5章の核心は「平均的な株式は市場に負ける」という数学的現実だ。ベッセンビンダーの研究が示す通り、1926年以降で短期国債を上回った個別銘柄は約4分の1、市場平均を上回ったのはわずか4.0%だ。これは分散投資の必然的な根拠となる。
数値の確認として、1971〜2021年の50年間リターンはダウ11.26%・S&P500 11.14%・ナスダック10.85%。ダウの長期インフレ調整後トレンドは年率1.94%で、配当4.3%を加えた実質リターンは少なくとも年率6.2%。20年間で最も大きな変化は、配当利回りが1.5ポイント低下し、キャピタルゲインがリターンの主役になったことだ。
将来への持論と方針
「個別株の約4分の3が市場に負ける」という数学的構造は信じてよい。この結論はインデックス投資の根拠として2050年でも有効だ。
一方で「S&P500への投資で十分な分散が得られる」という前提には疑問が残る。上位100銘柄が全体の55.9%を占める現在の構造は、「分散投資」の名に値しない集中状態に近い。高配当株をポートフォリオの軸に据えつつ、セクターや地域の集中を意識的に分散させることが、2050年を見据えた現実的な対応だと考えている。
また、著者が第6版で新たに設定した「キャピタルゲイン主体のリターン構造」を前提とするトレンドラインは、低金利・自社株買いという時代的条件に依存している。この条件が変化した際にはトレンドライン自体が再修正を迫られる点を忘れてはならない。
最終的な結論は全章を読み終えてから出したい。
それでは。
※本記事は刊行時の記述と、著者自身による修正履歴の確認に基づいています。将来の投資環境についての記述は個人の見解であり、予測を保証するものではありません。
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