【第13章解体】シーゲル流「ノイズ市場仮説」の嘘と真実――効率的市場を超えた先に何があるか

デスクの上に置かれた防災ヘルメットと『SURVIVAL INVESTING』というタイトルの分厚い投資本。背景には株価チャートが表示されたモニターがあり、震災後の生活を守る「資産防災」のイメージを表現している。 資産防災

【免責事項】本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の投資商品・投資行動を推奨するものではありません。投資にはリスクが伴い、元本割れの可能性があります。投資判断はご自身の責任において行ってください。

ジェレミー・シーゲル著『株式投資(Stocks for the Long Run)』第6版 第13章のテーマは「市場の効率性とノイズのある市場」だ。効率的市場仮説(EMH)とCAPMが学術の主流だった時代から、ファーマとフレンチがその前提を自ら覆すまでの変遷、そして著者自身が2006年に提唱した「ノイズ市場仮説」とはいかなる概念か。本稿では原文に忠実に整理したうえで、これまでの評価軸に沿って検証する。


【抽出】第6版 第13章の核心的ロジック

A. 効率的市場仮説(EMH)の誕生と普及

著者はまず、投資家が単純な時価総額インデックスファンドよりも優れたリターンを得られる戦略は存在するのかという問いを立てる。1960年代半ばから1970年代初頭にかけて、効率的市場仮説(EMH)を支持した経済学者たちの答えは「ない」だった。

EMHは1967年にハリー・ロバーツによって提唱され、1970年代初頭にシカゴ大学のユージン・ファーマによって普及した概念だ。EMHの下では、利益・配当・キャッシュフローなど株式リターンに影響を与えるすべての要素はすでに株価に織り込まれており、これらの要素に基づいて投資しても時価総額加重平均ポートフォリオのリスク・リターンを向上させることはできないとされた。

B. CAPMとポートフォリオ理論の展開

1950年代、ハリー・マーコウィッツによる先駆的なポートフォリオ選択の研究が進展し、それに続く形で(ただし原文では「必ずしも含まれるわけではない」という留保が付けられている)ウィリアム・シャープとジョン・リントナーらによる資本資産評価モデル(CAPM)やEMHの優勢につながった。

CAPMでは、個別銘柄の最重要リスク指標は株価のボラティリティそのものではなく、市場全体との相関関係(ベータ)だとされた。ベータとは、銘柄を分散しても排除できない資産リターンのリスクを計測する指標だ。市場との相関がない個別銘柄のボラティリティは「固有リスク」と呼ばれ、十分に分散されたポートフォリオではより高いリターンを保証するものではないとされた。

CAPMとEMHを合わせると、投資家が達成できる最良のリスクとリターンのトレードオフは、時価総額加重平均の完全分散ポートフォリオ(インデックスファンド)を保有することだという結論になる。リスク許容度の高い投資家は株式インデックスファンドの比率を高くし、低い投資家は低くする。いずれの場合も、時価総額加重平均のインデックスファンドがすべての投資家にとって最適な株式ポートフォリオとなる。

EMHは1960年代にアーウィン・フレンド、ジャック・トレイナー、マイケル・ジェンセンが行った研究で支持された。彼らの研究は、ミューチュアルファンドなどの「マネージドマネー」が市場に体系的に勝てないことを示した。1970年代の初期の研究では、高いベータの銘柄が実際により高いリターンを示すことも確認された。これらの発見により、EMHとCAPMは1960年代から1980年代にかけて、学者とウォール街の専門家が金融市場を分析する手法の主流となった。

C. EMHとCAPMへの反証:ファーマ・フレンチの転換

しかし1980年代から1990年代には、CAPMやEMHに反する実証的な証拠が出され始めた。個別銘柄のデータをより多く分析した結果、ベータはリターンを説明するのに有意でないことが証明された。

1992年、CAPMとEMHの初期の強力な支持者であったユージン・ファーマとケネス・フレンチは、企業規模(時価総額で測定)とバリュエーション(簿価時価比率で測定)の2つの要素が株式リターンを決定するうえでベータよりはるかに重要であることを示す論文を発表した。これは自らの理論の根底を覆す転換だった。

その後「モメンタム」や企業の財務変数に関連する多くの要素がリターンに大きな影響を与えることも判明した。これらの「アノマリー」はファーマとフレンチに、ベータに反する証拠には「説得力」があり「CAPMモデルが株式リターンの有用な近似ではない」と言わしめた。ファーマとフレンチは研究者に対して「別の」資産価格モデルを探索すべきであり「不合理な資産価格形成のストーリー」も検討すべきだと提案した。

D. ノイズ市場仮説の提唱

企業規模やバリュエーションの要素が時価総額加重平均ポートフォリオを上回るリターンをもたらすという発見は、EMHやCAPMの基礎となるいくつかの前提が成立しないことを示唆している。

この流れを受けてサンフォード・グロスマンとジョセフ・スティグリッツは、株価がときに本源的価値から乖離するため、アナリストがコストのかかる調査を行って株価をファンダメンタルズの水準に戻す必要があることを証明した。完全に効率的な市場は実際には不可能だと彼らは主張した。

著者はこうした研究を踏まえ、2006年にウォール・ストリート・ジャーナルで「ノイズ市場仮説」という言葉を提唱した。ノイズ市場仮説とは、株価が本源的価値(推測に基づく将来の収益分配ではなく実際の収益分配に基づく価値)から乖離することがあるという考え方だ。株価がファンダメンタルズから乖離する主な原因として著者は「ノイズトレーダー」の存在を挙げる。ノイズトレーダーとは、企業のバリュエーションとは無関係な情報に基づいて取引を行う投資家や、ファンダメンタルズとは無関係な個人的な経済的理由で売買する投資家のことだ。ノイズトレーダーの多くは財務データを誤解し、株価の「トレンド」やテクニカルシグナルを追ったり「カリスマ投資家」に倣って投資したりしている。

ノイズ市場仮説の実践的な応用として著者は「ファンダメンタルズ加重平均指数(スマートベータ)」を紹介している。これは利益や配当といったファンダメンタルな財務要因で銘柄をウエイト付けする戦略で、ファンダメンタルズよりも株価が上昇した銘柄のウエイトを自動的に減らし、株価が下落した企業のウエイトを増やす。財務分析や個別企業の分析を行わなくても自動的にバリュー株への傾斜が生じるという仕組みだ。こうしたファンダメンタルズ加重指数商品はウィズダムツリー・インベストメンツとリサーチ・アフェリエイツが共同で開発した。「スマートベータ」という呼称そのものはウィリス・タワーズワトソンというコンサルティング・グループが2000年代初頭に作ったものだ。

一般的な時価総額加重平均指数に勝つ戦略を見つけることは容易ではないが、こうした戦略に勝つ機会が存在しないということではない、と著者は述べている。

E. 市場の効率性からの乖離:理論的根拠

株価が本源的価値から乖離する可能性をめぐる議論は長い歴史を持つ。

1950年代にミルトン・フリードマンは、外国為替市場では「高すぎる」買いや「安すぎる」売りをしていた投機家は金銭的損失を被るため本源的価値からの大きな乖離は起きないと主張した。しかし1980年代後半にブラッドフォード・デロングらは、将来のキャッシュフローがすべてわかっている場合でもノイズトレーダーが価格を本源的価値から大きく乖離させる可能性があることを示した。さらにこうしたノイズトレーダーはファンダメンタルズに基づく投資家よりも高いリターンを得る可能性さえあると示した(ただしより高いリスクを取っている)。

フィッシャー・ブラックは1986年の米国ファイナンス学会での会長講演で、「価格が本源的価値の半分以上2倍未満である市場を効率的市場と定義できる」と述べ多くのエコノミストを驚かせた。さらに「この定義によればほとんどの市場はほとんど常に効率的だ。『ほとんど』とは少なくとも90%という意味だ」と続けた。著者はこの定義を引用し、価格が本源的価値から2倍程度乖離していることが多いとすれば、ファンダメンタルズに基づく投資家にとっては格好の材料となるように思われると述べている。

F. 不合理性と流動性の壁

しかし著者は、こうした乖離があっても、ファンダメンタルズに基づく投資家が常に利益を得られるわけではないことを指摘する。株価が大きくミスプライスされていても、最終的に本源的価値に戻る前にさらにミスプライスが進む可能性があるからだ。

著者はケインズの警告を引用している。ケインズは「純粋な長期的期待に基づく投資は、非常に困難であり……群衆がどう動くかを群衆よりもうまく推測しようとする投機家の大きなリスクを負うことになる」と述べた。この言葉は現代的に「市場は投資家が支払能力を維持できるよりも長く不合理であり続けることができる」と要約されている(著者は、このフレーズはケインズのものとされてきたが確認されていないと注記している)。

実際に近年の事例として著者は2つを挙げている。1990年代後半に多くの投資家がドットコム銘柄の空売りを始めたが、これらの銘柄が2000年〜2001年に崩壊するまで高騰を続けたため大きな損失を被りポジションを手仕舞わざるを得なかった。同様に約20年後、レディットのウォールストリート・ベッツ(WSB)などの金融チャットサイトで人気となった「ミーム銘柄」が高騰し、多くのファンダメンタルズに基づく投資家や資金力のあるヘッジファンドが大きな損失を出してポジションをひっくり返さざるを得なくなった。

流動性の制約として著者は信用取引の問題を挙げる。個人投資家は信用取引で株式の価値の50%まで借り入れが可能だが、株価が半分になった場合、フィッシャー・ブラックが効率的とする範囲にまだ収まっているとしても、清算を迫られる瀬戸際に追い込まれる。清算がなされればたとえその株がのちに値上がりしたとしても損失は確定する。

心理的な障害についても著者は言及している。価格がファンダメンタルズから離れ続ければ、ファンダメンタルズに基づく投資家は単純なインデックス投資家をアンダーパフォームし続ける。機関投資家のマネジャーは長期的なパフォーマンスではなく短期的なパフォーマンスで評価されることが多く、市場から逸脱する戦略をとるリスクは非常に大きい(アンドレ・シュライファーとロバート・ヴィシュニーの議論)。

G. 空売り規制とアノマリーの関係

著者は株価が本源的価値を長期間上回ることがある理由の1つとして空売りの制限を挙げている。CAPMの前提の1つは空売りがロングポジションと同じくらい容易であることだが、現実にはそうではない。空売りには、借りる株式の確保・証拠金の用意・担保の提供が必要であり、さらに株価が上昇した場合には無制限に損失を被る可能性がある(買いだけの投資家の最大損失は投資額の100%に限定される)。

ロバート・スタンボー、ジアンフェン・ユウ、ユー・ユアンは1965年から2008年まで11種類のアノマリーを徹底的に研究し、ロング・ショート戦略のリターンの70%近くがポートフォリオのショートレッグからもたらされたことを明らかにした。さらに彼らはロング・ショート戦略に由来する利益の80%近くが市場センチメントが高い時期に発生していることも発見した。一方、ロングレッグの収益性は市場センチメントに大きく影響されないことも示した。

マルコム・ベーカーとジェフリー・ワーグラーは投資家の心理指数を開発し、この指数で市場心理が高いときにファーマとフレンチが特定した時価総額とバリュエーションのアノマリーが特に利益を生むことを示した。

これらの結果はいずれも、空売り規制がアノマリーの重要な原因であり株価がファンダメンタルズより高く評価されたときに最も利益が出るという仮説と整合的だ。

H. CAPMの測定上の問題:ロールの批判

著者はCAPMを実証的に検証することの難しさも指摘している。「市場ポートフォリオ」を構成する資産が明確に定義されていないのだ。市場ポートフォリオは米国株だけで構成されるべきか、全世界の株を含めるべきか、債券や不動産も含めるべきか。さらに多くの投資家にとって富の最大部分を占める人的資本を含めるべきかどうかという問題もある。この曖昧さはCAPMの検証可能性を制限しており、1970年代にこの問題を強調したリチャード・ロールにちなんで「ロールの批判」と呼ばれている。

人的資本との関係について著者はいくつかの応用例を示している。バリュー株はグロース株よりも労働所得との相関が高いとすれば、バリュー株への投資家は人的資本を除いたCAPMで計算されるよりも高い期待リターンを求めることになる。また、コーガン、パパニコラウ、ストッフマンはグロース株の購入が「創造的破壊」に参加することになり自分の雇用に悪影響を及ぼす可能性があるというモデルを構築した。そこではグロース株が労働所得の減少に対するヘッジとなり、グロース株のリターンは低下するとされた。

I. 異時点間リスクとプロスペクト理論

著者はCAPMモデルがリターンを予測できなくなるさらに2つの要因を挙げている。

第1は異時点間リスクの問題だ。CAPMはもともと一期間のポートフォリオ推奨のために構築された。ロバート・マートンは1973年のICAPM(異時点間CAPM)において、長期債が投資機会の変更に対する有効なヘッジとなり、単一期間のボラティリティが真のリスクを必要以上に強調することを示した。ジョン・キャンベルはグロース株の価格変動を金利変化によるもの(「グッド・ベータ」)と景気循環に関連するもの(「バッド・ベータ」)に分け、後者が静的CAPMモデルから得られるベータよりもリターンをうまく説明できることを示した。

第2は行動反応の問題だ。ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーが提唱したプロスペクト理論によれば、投資家は利益を得る喜びよりも損失を受け入れる苦痛をより大きく感じる。このため投資家は儲かっている株を急いで売却し損をしている株をずっと持ち続ける傾向がある。著者はこの特徴が次章で述べるモメンタム要因をもたらすかもしれないと述べている。

J. 結論

著者の結論は、市場インデックスに勝つことだけが投資の目標とは限らないというものだ。投資家は自分の株式ポートフォリオが不動産や特に労働所得などの株式以外の資産とどのように相関しているかを確認する必要がある。さらに将来のリスク(気候変動リスクを含む)に対するヘッジが他の銘柄より優れている銘柄もあり、ESG基準に準拠した特定の企業に報いたいと考える人もいる。市場インデックスを上回るパフォーマンスは、多くの投資家にとって経済的・財務的に最良の結果をもたらすとは限らないと述べて章は締めくくられている。


【検証】第4版(2005年)から第6版(2025年)への差分分析

2005年(第4版)の執筆時点と2025年(第6版)の間に投資環境と市場構造は大きく変わった。

【4版(2005年)の心理構造】
「EMH・CAPMは学術の主流だったが、バリュー・規模・モメンタムというアノマリーが
 確認されており、ファンダメンタルズ加重のスマートベータ戦略には可能性がある」
  ↓
【6版(2025年ベース)での現実】
2007〜2021年の「バリュー投資の死」の時代を経て、ファンダメンタルズ加重の
スマートベータ戦略は時価総額加重インデックスに大敗した。
  ↓
【シーゲルの対応】
「ノイズ市場仮説の枠組みは正しい。ただし市場インデックスに勝つことだけが
 目標ではなく、人的資本・ESG・異時点間リスクも考慮すべきだ」
評価軸具体的象徴4版から6版への変質と分析
【改善・的中】「EMH・CAPMの限界」という診断の正確さファーマ・フレンチ自身が1992年にCAPMの前提を覆した事実、スタンボーらが確認したアノマリーの空売り規制との関係など、「市場は完全に効率的ではない」という診断は第4版から第6版にかけて証拠が積み上がった。
【修正・誤認】「スマートベータ・ファンダメンタルズ加重指数」の優位性著者が2006年にノイズ市場仮説とともに提唱したスマートベータ戦略は、2007〜2021年のバリュー株の歴史的低迷の中でインデックスに大きく劣後した。自ら提唱した戦略の実績が芳しくなかったため、第6版では「市場インデックスに勝つことだけが目標ではない」という結論に重心を移しているように読める。

【峻別】経済的必然 vs 時代的偶然

経済的必然(2050年でも再現可能性が相対的に高いもの)

  • ノイズトレーダーの存在と価格乖離の発生: 財務データを誤解し感情やトレンドに従って売買する人間の行動パターンは、AIトレーダーが増えた環境でも完全には消滅しない。市場価格が本源的価値から乖離する瞬間は2050年でも発生する。
  • 空売りの非対称性(損失無限・利益有限): 買いポジションと空売りポジションの非対称な損失構造は法的・数学的な事実だ。このため割高銘柄の過大評価が割安銘柄の過小評価よりも長く続きやすいという傾向は、制度が変わらない限り再現される。
  • 流動性の制約と心理的な撤退圧力: 資金の制約で正しいポジションを維持できなくなるという現象(ケインズの警告)は、現代の機関投資家の短期評価圧力とも共鳴しており、2050年でも投資環境が変わらない限り続く構造的問題だ。

時代的偶然(特定の条件が重なった可能性があるもの)

  • 2007〜2021年の「スマートベータ失速」という実証的な反証: 著者が自ら提唱したファンダメンタルズ加重指数が、バリュー株の歴史的低迷と重なって長期間インデックスに劣後した事実は、ノイズ市場仮説の実践が「常に機能する」わけではないことを示している。これは時代的条件(超低金利・テック独占)に大きく左右された偶然の一面を持つ。
  • ミーム株・WSBという「ノイズの新形態」: レディットやSNSを介した個人投資家の集合行動という現象は2020年代初頭に顕在化したが、これは特定のテクノロジー的・社会的条件に依存した現象だ。2050年の情報環境がどう変わるかによってその影響は大きく変化する。

【批判】2050年への死角

① 「ノイズ市場仮説」は実証的に機能したのか

著者は2006年にノイズ市場仮説とスマートベータ戦略を提唱したが、その後の2007〜2021年という15年間にわたるバリュー株の歴史的低迷は、この仮説の実践が現実の市場で有効であることを証明できなかった時代だった。著者自身はその原因を「ESG・低金利・テック台頭」という時代的偶然に帰しているが、「ノイズ市場仮説が正しくてもそれを利用した投資戦略は現実の市場でなかなか機能しない」という苦い教訓もある。フィッシャー・ブラックが述べたように、価格は本源的価値から2倍程度乖離してなお「効率的」とされる範囲に収まっており、その乖離を利用できるかどうかは投資家の資金力と忍耐力に大きく依存する。

② 「市場インデックスに勝つことだけが目標ではない」という結論の射程

第6版の結論が「市場インデックスに勝つことだけが目標ではない」という方向に重心を移しているのは、それ自体は正当な学術的立場だ。労働所得・不動産・ESGとの相関を考慮すべきという主張は、CAPMが元来一期間・純粋株式ポートフォリオを前提としていたことの限界を補う視点として理にかなっている。ただし「インデックスに勝てる戦略が存在するか」という章の冒頭の問いに対して、正面から「ある条件下では可能だがスマートベータ戦略は2007〜2021年に機能しなかった」と明示的に総括していない点は、読者として補完して読む必要がある。

③ AIトレーダーの台頭がノイズトレーダーを駆逐するシナリオ

2050年に向けて最大の死角の一つは、AI・アルゴリズムトレーダーの普及が「ノイズトレーダー」を市場から駆逐するシナリオだ。著者のノイズ市場仮説は人間の認知バイアスと情報処理の非効率性を前提としているが、AIが感情のないロジックで高速処理を行う比率が高まれば、価格の本源的価値からの乖離は縮小し、スマートベータ戦略の超過リターンは圧縮される可能性がある。著者はこの点への言及が不十分だ。


【評価】第13章の評価軸

評価論点判断の根拠
【信】Core Theoryノイズトレーダーの存在・空売りの非対称性・流動性の制約という3つの「市場の歪みの構造的原因」の診断EMHとCAPMの限界をファーマ・フレンチ自身が認め、スタンボーらが空売り規制との関係を実証した。市場が完全に効率的ではないという診断は、2050年でも有効な出発点だ。
【疑】Variableファンダメンタルズ加重指数(スマートベータ)が時価総額加重インデックスを長期的に上回るという主張著者自身が2006年に提唱した戦略が2007〜2021年に低迷した事実は無視できない。金利環境や市場構造の変化によってこの戦略の有効性は大きく変動する。
【疑】Variable②「市場インデックスに勝つことが大多数の投資家にとって最良の結果をもたらすとは限らない」という結論の射程労働所得・不動産・ESGとの相関を考慮すべきというのは正当な学術的主張だ。ただし「インデックスに勝てる戦略は存在するか」という当初の問いに対する答えとしては、この結論は視点を移動させているにとどまる。金利環境や市場構造が変われば答えも変わる「条件付きの主張」として扱うのが適切だ。

まとめ

本に記述された事実と変遷

第13章の核心は、EMHとCAPMから始まり、ファーマ・フレンチによるアノマリーの発見、著者自身のノイズ市場仮説の提唱、そして空売り規制・流動性制約・人的資本・異時点間リスクという複数の視点からCAPMの限界を整理した章だ。

主な事実を確認すると、EMHは1967年にロバーツが提唱しファーマが1970年代初頭に普及させた。ファーマ・フレンチは1992年に企業規模とバリュエーションがベータよりも株式リターンの説明力が高いことを示した。著者はノイズ市場仮説を2006年のWSJで提唱した。スタンボー・ユウ・ユアンは1965〜2008年の11種のアノマリー研究で、ロング・ショート戦略のリターンの70%近くがショートレッグに由来し、利益の80%近くが市場センチメントの高い時期に発生することを示した。フィッシャー・ブラックは1986年に「価格が本源的価値の半分以上2倍未満」を効率的市場と定義し「ほとんどの市場はほとんど常に(少なくとも90%)効率的だ」と述べた。プロスペクト理論はカーネマンとトベルスキーが提唱し、損失の苦痛が利益の喜びより大きく感じられることでモメンタム効果に寄与する可能性がある。

将来への持論と方針

「市場は完全に効率的ではない」という診断は信じてよい。ファーマ・フレンチ自身が自分の理論を覆したという歴史的事実は、どんな学術的権威も市場の現実の前では謙虚でなければならないことを示している。

ただし「ノイズ市場仮説を利用したスマートベータ戦略が確実に市場を上回る」という確信は持ちすぎてはならない。2007〜2021年の長期低迷が示すように、理論的に正しい戦略でも現実の市場では長期間にわたって機能しないことがある。フィッシャー・ブラックが述べた「市場は90%以上の時間は(本源的価値の半分〜2倍という範囲で)効率的だ」という認識は、その乖離を利用して利益を得ることがいかに困難かを示している。

市場の歪みを利用しようとするならば、資金力と心理的な忍耐力がなければ「市場は投資家が支払能力を維持できるよりも長く不合理であり続けることができる」という現実に打ち負かされる危険がある。単純な時価総額加重インデックスを低コストで保有し続けることの強さを改めて認識しておきたい。最終的な結論は全章を読み終えてから出したい。

それでは。

※本記事は刊行時の記述と、著者自身による修正履歴の確認に基づいています。将来の投資環境についての記述は個人の見解であり、予測を保証するものではありません。

【免責事項】本記事は情報提供を目的としており、投資助言ではありません。投資は元本割れのリスクを伴います。最終的な投資判断はご自身の責任において行ってください。

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